平均点主義で人材選抜を続けた結果日本では「三人寄れば文殊の知恵」は実現しない。平均点主義で量産した「一応何でもこなせます人材」を何人集めてもその組織の可能性は高まらない。つまり日本では組織化の効果が無いのだ。

先進国の国民は独自性の高い案を出すことで貢献できる。それには案が出るまで考え続けなければ、何ヶ月いや何年、場合によっては死ぬまで考え続ける習慣が必要なのだ。念のために言い添える。考え続けるとは、毎日四六時中との意味では無い。自分の課題を自ら設け忘れずに事ある毎に考え、それを続けることだ。

日本が先進国を実現し、その上情報化社会に変わったことで仕事の世界(創造力)と学びの世界(理解力)の価値が離反した。日本が途上国の間は双方が理解力で問題が無かったが。

価値の違いは平均点主義者の気づきたくないことだろう。特に私が居続けた研究分野は製造・営業等の分野より感覚的には学校に近いので価値の違いに気づき難い職場と言える。価値の異なる世界に身を移したことに無自覚の人達は当然学び時代の価値観に従った習慣で仕事に就く。これを職場で見続けた私は前述、創造的人材の欠乏との見解に至ったのだ。

人材として選び抜かれた人達は、学業成績と選び抜かれたことによる自信から自身を知的万能者と思い込む、その結果が日本の現況なのではないのか。

以上が私の職場体験から感じたことを日本に拡張した「話」です。

私の危惧することは、平均点主義は一つの価値観に過ぎないが非常に馴染みやい。それ故に「広分野での偏差値が高い=知的万能者」との思い込みが選び抜かれた本人だけではなく日本人の常識になってしまうことだ。いや、既に常識化している? なら自滅への道を日本が走り続けていることになるが・・・