1 私の職場

・・・私の職場は平均点主義で社員を採用する会社の研究所・・・

1963年私は高校を卒業し民間企業の研究所で働き始めた。各研究室は概ね有名国立大学卒業者で占められ高卒者は平均すれば3割に達してなかっただろう。そして1970年代になると高卒者が研究現場に配属されることは無くなったと思う。

そこでは研究室・部単位で「抄読会」が頻繁に行われ、有志を募っての勉強会もあった。眠気覚ましに瞼にメントール入り軟膏を塗って文献を読みあさる頑張り屋さんの噂も聞いた。部単位の抄読会は総説論文風で知識不足だった私の役にたった。「風」を付けたのは情報の列挙で文献紹介者の見解が無かったと記憶しているからだ。

その後パソコンが各人に与えられる時代が来ると抄読会は消滅した。他の研究室ではどうだったかは自信を持って言い切れないが部、研究室の順に情報化社会の充実度に伴って廃れていったのは確かだ。抄読会の目的が情報入手のみで文献紹介者独自の見解には無関心だったことの証明と言える。

独自性には無関心、これは私が感じた平均点主義者の特徴だ。

2 私とは

私と同様高卒入社し研究所で働く人達は働いた後夜間大学に通う人が多かった。少数だが国立大学の入学試験に合格し、社員として日中に4年間学ぶとてつもない人もいた。

私の場合 

  • 興味の無い講義を長時間且つ長期間聞く 
  • 研究所では高卒社員を無力者扱いする会社への反発心 
  • 嫌なことをやり続ける「力」の欠如

この三点で夜間大学に通う気になれなかった。その代償として今後私にとって面白くないことが起こるだろうがそれは仕方がない、が私の生き方だった。私には自分の厭なことを押さえ込んで環境に適応する器用さが無かった。頑張り続けることは私の最も苦手なことだったのだ。一言で言えば好き嫌いが激しく頑張れないやつだった。今もそうだと思うが、今は好きなことしかやってないので・・・

3 私と化学

1960年私は工業高等学校の工業化学科で学び始めた。ここで学んだ化学反応は化学反応式を暗記するしか術が無かった。私は暗記が苦手故なのか不満感があったが、不満の原因はこの時点では未だわからない。

高校二年の時書店で、井本稔著 有機電子論解説と出会った。電子論? 数日立ち読みして前記不満の原因がわかった気がした。

これまでに習った化学反応式では、何故この反応が起こるのか? の疑問に全く答えられない。しかしこの本では種々の概念を駆使して化学反応の推定反応機構が記されている。これで化学反応を理解し納得することができるのでは? これこそ私が求めていたものだ。

誰でもと思うが私は「納得」しなければ能動的になれない。納得すれば納得事項を踏み台に周辺知識・情報をからめて推定作業をする気になれる。この本は私が物質や化学反応を納得することに大いに貢献してくれた。

この本を入手した私は、自分流の推定反応機構を考えることで化学反応を納得することが可能となり、有機化学が得意科目になった。

私は民間企業の研究所に職場を得て化学部門に配属された。配属先を一言で言えば、有機化学を使って会社に貢献する職場、がピッタリの「有機化学漬け」職場なのだ。私は定年後のグループ会社勤務を含めて44年間有機化学漬けだった。

*井本稔著 有機電子論解説上・下(東京化学同人)

4 私の化学知識獲得法

私の職場には同じ建屋に図書室があって私に疑問が湧けば直ぐ調べることができた。納得事項ができればそれを基に推定作業で展開したことの妥当性を探ることもできた。此れ等の作業のくり返しは主体的知識獲得法と言えるだろう。

学校で得た知識は、その時点の受講者と知識の繋がりが私の場合より遙かに希薄故に身につく(生きた)知識になりにくい。これが当時私の周辺の人達と私の違いと思いたい。

学校で習得する知識は、量・速度・効率等で私のやり方より勝るが、生きた知識にはなりにくいのではないか。

私は化学の生きた知識のおかげで現役時代の44年間、私の「案」で仕事を前に進めた実績は沢山あるが一度も行き詰まったことは無く概ね楽しく過ごすことができた。

余談だが、情報化時代が実現し私と同様の知識獲得法を行う際、図書館は不要となった。何所でも何時でも主体的知識獲得法を実行できる時代が来たのだ。

皆さん、是非生きた知識を身につけましょう。大勢を対象に一方的に教え込まれた知識では無く、自身発の疑問・不明点の解消のための調べ作業で、知識と共に納得感を獲得しましょう。この積み重ねで貴方は飛躍を実現し、創造力の強化にも繋がりやすいのでは? と思うのです。

5 私の発想法

課題が決まる・問題が発生するこの際、自分の得意分野、例えば低分子化合物の新規な簡便合成法なら、先ず考える。アイディアが出るとアイディアの周辺を調べる。これが私の「やり方」だ。

このやり方だと調べる範囲が狭まり調べる作業が楽になる。そして自分のアイディアのレベルもわかるのだ。すでに既知だったとしても気を落とすことは無い、自分のアイディアが間違っていなかったことの証明なのだから。また考え直さねばならないが、考えることが好きなのだからむしろ喜ばしい。これをくり返すことで有機合成化学分野に限れば自信を持って向き合うことができたと思っている。

私以外の人達は考えながら調べるか、先に調べその後考えるようだ。私からは本当に考えた? と感じる場面が多かった。学びの世界で絶大な成功を成し遂げた故に学びの常道:調べた内容を理解したら即終了、からの脱出が難しいのか。いや理解することに重点を置き過ぎて次の最重要行程があることに気づけないのか。

現役時代をふり返れば、「ウーン、妙案だな」、と思える案には職場で一度も出会ったことが無い。私から見れば、犬も歩けば・・・ を期待した実験にしか見えない、そんなやり方で楽しい? やる気になれる? と思える場面が多かった。

私の職場とは、アイディアの案出姿勢が感じられない典型的途上国企業の研究所だったと思う。今思えば私は仕事と学びの違いがわかって無いと思える人達に囲まれ続けていたのだ。

余談だが、後期高齢者になってからの私を一言で言えば、昼圃夜考の毎日だ。私は「圃」での作業も「考」の行為も大いに楽しめる。特に「考」は現時点では存在してないモノを生み出し人類にプレゼントできる可能性がある。故に私の目標は「昼圃夜考」をできる限り長く続けることなのだ。

*晴耕雨読をもじって私が勝手に造った四字熟語

6 私の発想その具体例

これは現役時代には気づかなかったことだが、考える際、自分の視座視点を意識することだ。

視座は、えんどう豆の収穫時に体験したことから意識するようになった。畝の反対側に移動すると以前の立ち位置の目前に沢山の鞘が残っていることに気づくことが多い。立ち位置を変えれば見えなかったことが見えてくる場合があるのだ。

私の化学の話:「化学 Ⅲ タンパク質の静電相互作用も酸・塩基相互作用だよ」は視座を静電相互作用から酸・塩基相互作用に移すことで酸・塩基の強度で相互作用力(結合力)の大小が決まる話だ。この結合力が数値化されている酸解離定数で容易に予測可能となりそれを化学構造式で誰でも納得できる。結合力の大小が容易に予測できることで血中アルブミンが血中脂肪酸を取り込めること、脂肪酸の代謝が脂肪酸と補酵素Aが共有結合したままで行われることも納得できる。

視点は、「化学 Ⅰ 酸素分子の化学構造式を創る」で実態を表す酸素分子の化学構造式が無いことに目をつけた。実態を表す化学構造式が無いのは、酸素分子の基底状態(ジラジカル)のラジカル安定化機構が未知であることに原因がある。そこでラジカル安定化の新概念とそれに基づく酸素分子の化学構造式を創った。これで酸素分子も他の化合物群と同様になり化学構造式で実態を表せるようになったと思っている。

更に前記ラジカル安定化の新概念でラジカル安定化が説明可能な酸素分子の兄弟達を発掘、次に超安定ラジカルと言われるニトロキシドラジカル化合物群がなぜ超安定なのか? も説明、更に2安定ラジカルの存在を予測した

また一酸化炭素のラジカルアニオンが超2安定ラジカルとの前提で、鉄ペンタカルボニル:Fe(CO)5の生成反応機構(化学 Ⅳ-2)も案出した。

更に塩基性アミノ酸に分類されるヒスチジンだが、他の塩基性アミノ酸とは違う役割を受け持つ話 (化学 Ⅲ-4)。更にニトロソ化合物群が何故オキシムへの転移反応を起こしやすいのか(化学 Ⅱ-2)等、私の見解を紹介しました。今後書き足す予定も沢山あります。

化学に興味のある方、是非私の「化学」を読んでください。化学の世界に入った方々に生じた「何故」が私の話で納得と共に解消すればこれ以上の喜びはありません。

*それは電子親和力がプラスの値の中性化合物群から生じるラジカルアニオンだ(化学 Ⅳ 中性化合物の電子親和力納得法)